クリーク奮闘記 1454~1455 クリーク侵略戦争

1454~1455 クリーク侵略戦争

3月29日、大長老ブリムが死去した。新大長老にはミコ・マラッチ一世(能力は行政8軍事4外交8)が就任した。

ミコ・マラッチ一世は新たなる製作により国力増強を行おうとしていた。それをおそれた チェロキーはクリークに対して宣戦布告を行った。

正規兵2000しかいないクリーク側は傭兵を雇って以下の様に部隊を配置して対抗した。

ラモチャッティ・チェポナ率いる第一部隊は首都防衛、ラモチャッティ・タロフ・ハルジョ率いる臨時第三部隊はMUSKGGEE防衛、臨時第二部隊はCHIAHAへ進撃し、敵軍の分断を試みた。

戦闘開始直後にCHIAHA制圧するも即座に奪還され、首都ALABAMAも陥落された。

しかし、臨時第三部隊によるチェロキー東部制圧作戦成功は成功していた。

これよりチェロキー側は東部奪還のために兵力を割かなければならなくなった。そのためALABAMAの守りは薄くなった。

クリーク側はその好機を見逃さなかった。臨時第二部隊に新たに2000の傭兵を増強し、ALABAMA奪還作戦を第一部隊と臨時第二部隊によって実施した。

この作戦は成功した。

勢いに乗ったクリーク群はALABAMA奪還部隊と臨時第三部隊によるTUSEGEE侵攻作戦が実施した。

チェロキー軍7000(ALABAMAにから敗退してきた兵力5000とCHIAHA奪還作戦に失敗して撤退してきた兵力2000)に対してクリーク軍8000という戦いが行われた。

この戦いは士気の低下の著しいチェロキー軍には不利であった。

防御しきれないと判断したチェロキー軍はTUSEGEEを放棄し、体勢を立て直そうと撤退したがクリーク軍の勢いになすすべもなく最後の領土であるTENNESSEEまでも陥落した。

この場にいたってチェロキーは交易中止を言い渡してきたが交易をしていない(中心地が発見されていない)クリークには関係なく大勢にも影響を与えなかった。

むしろこれをきっかけに「生き残らせても刃向かうと思われる」という考えが広まり、チェロキーに完全併合を言い渡すことにつながった。

すでに交戦能力が無くなっていたチェロキーは1455年5月18日併合要求に屈し、我が軍の一地域となった。

ここにチェロキーによるクリーク侵略戦争はチェロキーの消滅という形で終結したが、クリーク国内に拡大主義という新たなる戦いの胞子をばらまいたのであった。

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